ネンサー37
セインの表情も強張っている。ここまで自分が無力だと思い知らされたのは三年前の『浄化の日』以来だ。
ぎりぎりと握るその拳はどんどん白くなっていく。
「隊長っ!また子どもがっ!」
一人の若者が血相を変えてテントの中に入ってきた。息は上がっているのに、汗が出ていない。それは部下達の体にも絞り取れる水分が残り少ないことを意味していた。彼等の体力にも限界が近づいている。
「……わかった、お前は自分の作業に戻ってくれ」
手短にそう言ってセインはユートと共にテントを出た。
建物には痩せ細った人々で埋め尽くされていた。そのほとんどが死にかけの人間だ。
セインが歩み寄った先には骨が浮き出て、腹だけが出ている子どもが横に寝かされていた。その手は自分が扱う剣よりも細い。
彼の隣ではサンがうな垂れていた。回復呪法を施していたのだろう。だが回復呪法は傷や疲労を癒すものだ。飢えはどうにもならない。
この光景をセインは見慣れてしまった。次々に死んでいく人々に対し、セインは悲しみに暮れている間もない。その間に出来うることを為さないと、更に犠牲者が増えるからだ。だから基本的にはセインは人々の最後を看取ることはない。
しかし、身寄りの無い、幼い子どもに対してだけはその最後を看取るようにしていた。部下達は旱魃に対する作業と、他の村人の世話などで手一杯だったからだ。
もちろんセインも、諸々の作業や救援物資の手配で寝る間も無かったが。
子どもの手が震えながら、力無くセインの手を握る。
その手の中に何かが握られていることにセインは気付いた。
「……これはっ!」
それは今までセイン達が子どもや病人に優先的に渡してきた保存食だった。
「どうして食べなかったんだっ?!」
叫びながら子どもの側に屈むセイン。
サンは泣きながら答えた。
「この子……妹さんがいるの……でも病弱で……妹さんを助けようと自分の食糧は……ほとんど妹さんにあげていたの……」
声にならないサンの言葉をセインは苦渋の表情で聞いていた。
「それだけじゃないの……回復呪法も……いくらか楽になるかもしれないから、妹さんに施してくれって……全然受けていなかったの……」
セインは厳しい表情で子どもの眼を見つめる。手元にある食糧を食べさせても、もう手遅れだ。それ以前に、この子どもには食べ物を食べる体力すら残されてはいなかった。
しかし、その子どもは、
「…………」
力無く微笑んだのだ。
その口が微かに開かれる。セインは子どもの唇の動きを読む。
(……ターシャが助かれば……それでいい……)
「……君は死んでもいいと言うのかっ?!」
セインの怒声に子どもは、
(……僕にとって……一番大切なのは……ターシャだ……)
唇を微かに動かしながら、セインの手を握る。
(……これを……ターシャに……)
手がだらりと床に落ち、唇の動きも止まった。
サンがその場で涙を流し、ユートはその光景から眼を逸らした。
しかし、セインの表情だけは違っていた。噛み締める唇から赤い血が流れる。